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猫好きのためのペパクラ日記

猫などのペパクラばかり作っています。接骨院もやっています。良かったら、接骨院のページも右下のリンク集からどうぞ。

北海道旅行記前半 〜縄文への旅〜①

旅行 東洋思想

今回の北海道の旅の前半は

期せずして縄文巡礼の旅となった。

私は縄文時代が好きです。

 

岡本太郎が、縄文土器をリスペクトしてやまなかった という要素もある。

また、民俗学者の折口信夫が「マレビト」と表現した要素の方が強い。

梅原猛が、イメージした国譲り神話にまつわる縄文人と弥生人の話も好きだ。

(今ではそう単純な話ではないと分かっているが、東北に行くと人柄の素朴さ

人懐っこさに、どうしても梅原のイメージを重ねてしまう) 敬称略

 

旧石器時代のイメージはわかないが、縄文時代の人々の暮らしのイメージ

は割りとリアリティを持って思い浮かぶ。不思議なことです。

自分は縄文人の生まれ変わりかと思うこともある。折口信夫によれば

たまに先祖返りしたような人が出てくるという。自分がそうだとは

言い切れないが、単なる憧れ以上の親近感はある。

 

 

<白老ポロトコタン アイヌ民族博物館 へ


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アイヌ民族の伝承館である。
ポロトコタンという湖のほとりに建つ。
この湖が、古の神々がまだそのまま住んでいる
かのような雰囲気を漂わせていた。
 
この辺りからも縄文時代の遺跡が出てくる
ことを考えると、アイヌ民族は縄文人の末裔
であると考えてよさそうだ。
5000年も遡れば、日本には縄文人しかいなかった。
 
その当時の生活を、そのまま冷凍保存して最近まで
至ったとは考えにくいが、少なくともその伝統の中に
多くの要素が残っていると 言ってもいいでしょう。
 
私の持っている縄文のイメージと、かなり近い。
実際にアイヌの民族衣装をつけて写真をとって
もらったところ、何故かしら気合が入った。
 
(普段はへなちょこ なのに
こう 背筋が伸びて
ピシっとした)
 
アイヌ民族の神様への祈りに
はるか昔の縄文のイメージが重なりあう。
それは 素敵な心の古代への旅。 
 
(日本人の祖先は、間違いなく縄文人である。
弥生人が縄文人を追い出して倭人となった
わけではない。
 
最近の遺伝学的な研究もある。考古学的な研究
では、弥生時代は3000年前からという説まで
出てきたらしい。つまり1000年くらいかけて
ゆっくり渡来人と混血していったと考えられる。
 
現代人の心根の中にも案外、縄文的な風習や思想が
残っているものです。)
 

虎杖浜温泉 海の別邸 心の宿ふるかわ へ>

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まさに登別温泉に程近い、この地で縄文土器が
発掘されている。この海に近い大地も風水的な

地の気が強い場所(パワースポット)だと感じた。

 

私は、旅に出ると、食事中すぐに酔って早めに寝てしまう。

それで真夜中の2時頃に目が覚めたりする。

それで眠れないと一人で風呂に入りに行く。

(最近は24時間入れる所も多い)

丑三つ時に温泉に入る人は まず誰もいない。

今まで出会ったことはない。会ったら怖くて逃げるでしょう。

 

毎回必ずではない。そんな数々の真夜中の温泉体験では

不思議な現象に出会ったりもしたものです。怖い類ではない。

天人相関というか イメージの世界というか、ファンタジー

というか そのような事である。

そこで、東洋思想的にいろいろ考えるわけで、気が付くことも

多いわけです 。

 

今回は、ピッタリ2時に目が覚めてしまったらグッタリして、

動く気にならず温泉には行かず、ずーっと眠れずにいたのでした。

 

主観的には、風水的な地の気が相当強いのだという感じがしました。

パワースポットというが、パワーが強ければいいというものではない。

その時点での、その人との相性というものがある。

温泉と同じ。私は昔は強酸性のにごり湯が好きだったが、最近は

ほぼ中性の無色透明の単純泉で当たりが優しい方がいい。

(あくまでも主観的な解釈です。)

 

いろいろ思う所もあって、海は厳しいな。激しいな。優しくないな。

と感じたのでした。海は母性の象徴です。母性は一見優しい。けれど

一度荒れると、全てを飲み込んでしまう激しさがある。大地もまた同じ。

地母神という思想がある。それは、洪水のように全てを飲み込んで流し

自らも死んで再生する豊穣の女神様。

そこまで考えると、大いなる優しさゆえの、厳しさ激しさだと分かる。

しかし、私のような並の人間はそう感じられない。

ただただ、表面上は優しくても、本当は冷たいんだ と

恨みがましく思ってしまうのでした。

 

 そうこうしているうちに、いつの間にか寝てしまった

夢のなかで、もやにかかった幻想的な朝日を見た。

夢を見ている時は、それを現実だと思っている。

この宿では、朝日を見るためのモーニングコールサービス

があり、晴れたらという条件付きで頼んでいたのだ。

 

てっきりそういうことだと思っていたら、朝目覚めると

大雨が降っていた。土砂降りである。札幌ー函館間の列車が止まった。

 

雨は人の心を重くする。

私も、暗い気持ちを引きずって旅を続けたのでした。

 

その後、徐々に雨もおさまり 気分も回復していくのでした。