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猫好きのためのペパクラ日記

猫などのペパクラばかり作っています。接骨院もやっています。良かったら、接骨院のページも右下のリンク集からどうぞ。

千葉へ 4 弁天様のこと

旅行 東洋思想
千葉へ 4 弁天様のこと 2013年09月20日

宿を後にして、どこかに弁天様がいるに違いないと

見渡したら、矢印のついた看板があり つられて行ってみました。

人気のないまさに、穴場的スポットでした。

 

P1080605.jpg
 
源頼朝が、この地で今も祠の後ろにある池で手を洗い
遠く江ノ島を望み 再起と必勝を祈願したことは昨日書きました。
 
実際に現場に立ってみると、今もなを ただならぬ雰囲気です。
きっと頼朝も、その後の活躍を直感し確信した と思います。 
現地には「厳島神社」と書いてありました。
平家の宮島(弁天様)の向こうを張って
「今は、小さくても負けないぞ!!」という気概
が感じられました。 
  
 
私はというと 足に力が入らない感じで、ガクガクしました。
カミさんは、頭が痛くなったといいます。
 
ーーー
弁天様というと、一般的には 財産、音楽、芸能、戦勝 などの神様
という。なにせ幅広いレパートリーを持つので、有り難いのですが
どこか とらえどころが ないとも言えます。
 
Wikipediaなどによれば、元はヒンズー教の河神で音楽、言葉、福徳、学芸、戦勝
の神様で、後に仏教に取り入れられ日本に来たという。
その後 水にまつわる日本の女神(神道)と合流
中世になって蛇神や龍神と習合(インドにはない)
室町時代になって七福神の一人となって
さらに後に 財宝の福神となったという。
 
 
どうも この説明では個人的には納得がいかないと思いました。
 
1)元々縄文の昔から、日本的アニミズム(古代神道)があって
水辺のパワースポットは、山岳とともに 今でも山伏などの修験者
によって守られている と思われる。
 
2)「千と千尋の神隠し」にも見られるように川や河は、龍神のイメージ
で、割りと普遍的なものです。その河が流れつく海 特に江ノ島のような
場所(たいがい洞窟がある)も、大昔から信仰の対象で龍神を祀っている。
 
3)元々そういう歴史ある信仰(龍神や蛇神)がベースにあって
渡来的な弁天様と結びついたのではないか。
 
そのような もやもや とした疑問を抱きながらネットで調べていたら
 
*** 神道グノーシスの旅「弁天」信仰を巡る日本の裏面史 ***  
 
というのがありました。 
かなり専門的な内容かつ、秘教的内容のため あえてリンクは張りません。
ご興味のある方は、上記を検索して頂けば 出てきます。
 
以下自分なりにまとめてみます。部分的に引用します。
 
 1)「実は虐げられた先住民系や反体制側の、レジスタンスの信仰対象だった」
   「呪詛と調伏の本尊として、秘教中の秘教の女神だった」
 
言葉ほどに、怖い話ではありません。縄文系の先住民が、渡来系の弥生人
に駆逐された(虐げられた)という説は、前からあるのです。
 
しかし、最近は発掘調査などの進展もあって より時間を掛けて混血した
結果が弥生人 ということに なってきています。
 
ただし、大体はマイルドに融和したとしても、部分的には弥生的文化に
なじまないで、抵抗した人々もいただろう と思います。(山伏など)
 
さらに、後からやってきた渡来系の人々も異能の民として差別されたらしい。
 
つまり、非農耕系の一族は差別の対象であった と思います。
芸能 芸術 武芸者 商人 職人 技術者 などは、
 
社会に必要で役に立っているのに、意外と地位が低く蔑まれる。
 
それでは、恨みつらみも大きくなるでしょう。
 
 
そういう人々が、せめて心の拠り所として弁天様を信仰した
結果 様々なレパートリーを持つ神様になったのではないか。
 
 
2)「そうした先住系の非農耕民を束ねてネットワーク化しようとしたのが、役の行者(役小角)だった。縄文以来の古神道への迫害をカムフラージュするため、新興勢力の仏教と習合し、朝廷の律令神道に対抗したのである。
 この基本姿勢は弘法大師:空海とて同じで、空海は列島古来の土地神にも敬意を表していた。そうでなければ、分厚い反体制の古代霊場である吉野・熊野と峰続きの高野山に、拠点を築くことなどできなかっただろう。」 
 
 
ここで、私の好きな「縄文」「山岳信仰」「アニミズム」「空海」「弁天様」
が きれいに一本の線で結ばれたのでした。
 
今までは、バラバラに何となく 心惹かれることで
どこかで つながっているに違いない とは思っていたが
もやもやしていたのでした。
 
すべて、日本の古層から続く民族学的精神史で つながって
いたのでした。
 
 
ーーー
一応スッキリしたのですが、そのような精神史は
今もなを、続いている と思います。
 
特に芸術などの表現をする者たちにとっては。
常に、現代社会との違和感に苛まれている
そう思います。
 
そんな無意識的な理由もあって
私は、たまに江ノ島に行くのかもしれません。
(猫に会いに行く理由もありますが。)